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【PR記事 宮城県登米市】 「みやぎの明治村」登米市登米町(とめしとよままち)。現存する明治の建物と、消えゆく昭和の仙北鉄道廃線跡を辿る旅。

【PR記事 2017.10.11 宮城県登米市】
「みやぎの明治村」登米市登米町(とめしとよままち)。現存する明治の建物と、消えゆく昭和の仙北鉄道廃線跡を辿る旅。

 

列島を歩いて縦断。廃線跡を歩くために遠回り?
今回も少々古い話で恐縮。。。

1996年9月、本州をコマ切れで歩いて縦断していた際、石巻市から旧登米(とよま)町を経て、くりこま高原駅までの約62劼髻1泊2日で歩いたことがある。

ただ単に本州を歩いて縦断することだけが目的なら、東京から青森まで、国道4号線を延々と歩き続ければよいのだが、わざわざこのルートを選択したのにはワケがあった。

旧登米町から、旧迫(はさま)町を経て、くりこま高原駅の手前に至るまでの区間には、1968年に廃止された仙北鉄道の「廃線跡」があり、そこを「列島縦断の途中」で歩いてみたかったのである。

傍らには、当時発刊されたばかりの宮脇俊三編著「鉄道廃線跡を歩く」を携え、撮影後に「現像」した写真を貼れるよう、スペースを開けた旅ノートを持参した。

 


消えゆく廃線跡を追う「歴史紀行」。
さて、上記の本には、仙北鉄道の廃線跡を実地レポートした部分もあったのだが、実際に歩いてみると、区画整理などで道路に飲み込まれ、場所によっては跡形も無く消え去っていた部分も多い。

ただそれでも、本に記載されていたとおり、田んぼの中に大きな弧を描く「いかにも廃線跡」といった農道が出現したりして、断続的にではあるが、ちょっとした「歴史紀行」を大いに堪能することができた。

ちなみに、「廃線跡歩き」の出発点だった旧登米駅は、1996年時点ではバスターミナルとして「現役」の建物だったが、その後解体され、ドラッグストアになったらしい。

そして旧登米町も、平成の大合併で登米(とめ)市の一部となった。

現在の地名は、登米市登米町(とめしとよままち)という、なんともチグハグな読み方になっている。

 

写真:警察資料館

 

「みやぎの明治村」に佇み、あらゆる旅人を受け入れる旅館あり。
さて、仙北鉄道の終着点だった旧登米町は、国の重要文化財となっている旧登米高等尋常小学校や、廃藩置県当時に置かれた水沢県庁など、明治を忍ばせる建物が数多く残っている

実は、知る人ぞ知る「観光地」なのだ。

ちなみに、1996年9月にこの地を訪れた際は、これらの観光スポットにほど近いえびたけ旅館に投宿した。

女将曰く、この宿には、「みやぎの明治村」を訪れる人だけでなく、同じく仙北鉄道の廃線跡を巡る人、松尾芭蕉の足跡を辿る人など、様々な「旅人」が投宿してきたとのこと。

よって、「石巻から歩いてきた」と言っても、とくに驚く様子は無かった。

宿の建物は結構レトロな感じで、食事については、1日30〜40劼曚品發「徒歩ダー」にとっても十分なボリュームが提供されたと記憶している。

当時の旅ノートをみると、宿泊料金は1泊2食付きで6,180円(現在とあまり変わっていない)。

あれから20年以上が経過した。

廃線の足跡を辿ることは、年を追う毎に難しくなっていくだろうが、興味のある人には、ぜひ果敢に挑戦?してもらいたい。

                    by 元 炎の列島縦断トホダー
宿泊予約は
えびたけ旅館


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